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高松高等裁判所 昭和49年(ラ)8号 決定 1974年6月26日

抗告人 大沢照枝(仮名) 外二名

右法定代理人親権者父 中原一夫(仮名)

主文

本件各抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人らの負担とする。

理由

一  本件各抗告の趣旨および理由は、別紙抗告状記載のとおりである。

二  当裁判所の判断

(一)  一件記録によれば、次の各事実が認められる。

1  抗告人らの父中原一夫は、昭和三七年三月八日、大沢良之、大沢しげの養子となる縁組をして大沢の戸籍に入り、同日、自己を筆頭者として右養父母の三女大沢正子と婚姻して新戸籍が編製され、その後、正子との間に嫡出子たる抗告人三名をもうけたが、昭和四九年二月一四日、養父母と協議離縁したため、正子とともに新戸籍が編製され、中原に復氏した。そのため、抗告人らは、父母の氏中原と氏を異にするにいたつた。

2  抗告人らは、いずれも一五歳未満である。

そこで、中原一夫は、単独で親権を行使し、同月二五日、徳弘寿男弁護士に、抗告人らの氏を中原に変更することの許可審判申立事件の代理を委任し、同弁護士は、翌二六日、原裁判所に対し、抗告人らを申立人、法定代理人親権者父中原一夫、同母中原正子と表示した申立書を提出して同審判の申立をなし、右事件は、同庁同年(家)第一三二ないし第一三四号事件として係属し、原裁判所は、右事件につき、同月二七日、「申立人ら(抗告人ら)の氏『大沢』を父母の氏『中原』に変更することを許可する。」旨の審判(以下最初の審判という。)をした。

3  ところが、同年三月一日、親権者母から、原裁判所に対し、右審判申立は右母の親権の行使を排除し父のみが単独で親権を行使してなされたものであつてかつこれを追認しないから、最初の審判の取消を求める旨の上申書を提出して、原裁判所の職権による取消を促した。

そこで、原裁判所は、同年三月六日、家事審判法七条、非訟事件手続法一九条一項を適用して最初の審判を取消し、前記許可審判の申立を却下する旨の審判(以下原審判という。)をした。

4  母正子は、原裁判所に対し、父一夫を相手方として離婚の調停を申立て、その調停中に、父一夫は、母正子とともに協議離婚届に署名捺印してこれを母正子に交付したが、母正子がこれを市長に届出をしなかつたので、昭和四九年二月末日、母正子に対し離婚意思を撤回する旨意思表示した。

5  一方、中原一夫は、同月四日、高知市役所初月支所に対し、最初の審判の審判書謄本を添付して抗告人らを中原の戸籍に入籍する旨の入籍届を提出したが、これより先母正子から不受理願いが提出されていたので、高知市長は、右入籍届の受附をしたが、未だ受理するにいたつていない。

(二)  抗告人らは、民法七九〇条、七九一条、戸籍法一八条、家事審判法九条一項甲類六号の各規定を総合的に解釈すると、嫡出子が婚姻中の父母と氏を異にしたままでいることは法の許容しないところであり、親権者たる者は、当然にかかる子の氏を改姓して入籍すべき義務があり、親権者の一方が利己的な考えから父母の戸籍に入ることを拒否するのはまさに親権の放棄ないし濫用というべく、かかる場合には、他の親権者は、民法八一八条三項但書により、未成年の子の法的利益を確保するため単独で親権を行使することができる旨主張するので検討する。

成程、民法七九〇条は、親子同氏の原則を宣言している。

しかし、民法は、同時に、養子であつた夫婦が離縁すれば復氏するものとして(同法八一六条)、子が父母双方と氏を異にする場合の生ずることを予定しているのであつて、同法七九一条は、かかる場合を含めて子の福祉の観点から家庭裁判所の許可を得て改氏入籍できるものとしていると解すべきであるから、子が父母双方と氏を異にすること自体が違法であり、親権者にかかる子の氏を改姓して父母の戸籍に入籍させるべき義務があるということはできない。

次に、民法八一八条三項本文は、父母は共同して親権を行使するとの原則を掲げ、その但書において、父母の一方が親権を行うことができないときは、他の一方がこれを行うとして、例外的に親権の単独行使を許容している。

ここに「親権を行うことができない」というのは、法律上の障害のほか、事実上の離婚等事実上の障害を含むのであつて、ここに事実上の離婚とは、法律上の夫婦が離婚の合意をして別居し、離婚の届出はしていないけれども、両者の間に夫婦共同生活の実体が全く存在しなくなつた状態を指すものと解せられる。これを本件についてみると、前記(一)4で認定したとおり、少くとも父一夫において離婚意思が当初からないか、その後撤回したため母正子との間に離婚の合意が存在せず、従つて右にいう事実上の離婚状態が存在するとは認め難いし、他に父母の親権の共同行使ができないと認めうる資料は存しないから、未だ民法八一八条三項但書の要件を充足するものということができない。それに原審における中原正子審問の結果によると、同女が抗告人らの氏の変更に異議を唱えているのには、それなりの理由があることを看取しうるのであつて、非難は当らない。

従つて、抗告人らの前記主張は理由がない。

(三)  そうすると、最初の審判には、父一夫が親権を共同行使すべきであるのに単独行使した不適式な申立であることを看過した違法があるから同審判を取消すのが相当である。(なお民法八二五条は本件のような身分行為には適用がない。)。

(四)  以上の次第であつて、原裁判所が家事審判法七条が準用する非訟事件手続法一九条一項を適用して原審判をなしたのは相当であり、抗告人らの本件各抗告は理由がないからこれを棄却し、抗告費用は抗告人らに負担させることとして、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 石田真 裁判官 辰巳和男 磯部有宏)

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